事業仕分けと大学(1) 科学技術は「投資」なのか

行政刷新会議の「事業仕分け」は今年最大の政治的イベントであったが、科学技術が最も世間の関心を集めるとは誰が予想しただろうか(※1)。「事業仕分け」という政治手法には賛否両論があるが、ここでは「事業仕分け」の是非ではなく、そこで議論された「何故、科学技術に国のお金を出す必要があるか」について再考したい(※2)。


科学技術は「将来への投資」なのか

事業仕分けで科学技術予算が「廃止」「削減」と評価された際、国内有識者から挙った代表的な反論は「科学技術は将来への投資」である。「投資」というからには、国民に利益が還元される必要がある。一方で、「科学技術に短期的成果主義は合わない」という反論もあった。それでは科学技術に投資して、中長期的に得られる利益とは何だろうか。
 「投資」の観点から基礎研究を見た場合、全く性質の異なる2つの研究領域の存在に気づく。それは「目的基礎研究」と「純粋基礎研究」である。誤解を恐れずに言えば「役に立つことを目指した基礎研究」と「役に立つかを想定しない基礎研究」とも言える。


目的基礎研究=「役に立つことを目指した基礎研究」

「役に立つことを目指した基礎研究」は、そこで創出された革新的な研究成果が、革新的な製品・サービスとして具現化し、日本の経済成長を底上げしたり、環境問題の解決に役立つ、といった一つのシナリオ(※3)に基づいている。成る程、これは確かに「投資」であるが、問題は合目的性、すなわち「目指しているものが負担者(=国民)と一致しているか」である。その意味では政権交代による研究費の増減(および研究テーマの優先順位の入れ替え)は本質的に不可避な面があろう。


純粋基礎研究=「役に立つかを想定しない基礎研究」

全ての基礎研究が「役に立つこと」を目指している訳ではない。つまり「役に立つことを想定しない基礎研究」として純粋に学問としての真理探究を目指すタイプの基礎研究が存在する。この分野の研究者に「その研究は何の役に立つのか」を問うのはナンセンスである。研究という行為自体が知的興奮を伴う魅力的なもので、何かを目指した「手段」ではなく「目的」なのである。その意味では「投資」というよりも「消費」と言うべきかもしれない(※4)。
 それでは、厳しい財政状況の中で、役に立つかを想定しない「消費」としての純粋基礎研究は無駄遣いとして削減すべきなのだろうか。これは筆者には判断できない高度な価値判断である。ただ言えることは、純粋基礎研究を無条件に国費投入が是認される「聖域」とは国民は見なしていないという厳然たる事実(※5)である。


科学技術政策の再構築を

公共事業の大幅削減と比較して、科学技術予算は恵まれていた面があったかもしれないが、今後は、科学技術に国費を投入する目的は何かという観点から、科学技術政策の再構築が不可欠であろう。奇しくも第4期科学技術基本計画の検討が始まっているが、まず基礎研究における「投資」と「消費」の仕分けから始めてはどうだろうか。
事業仕分けと大学(1) 科学技術は「投資」なのか
※1:衆議院選挙の際、各党のマニフェストで科学技術政策に注目した人はどれ位いただろうか。

※2:論点を絞るため、ここでは科学技術予算を基礎研究への補助と置き換えている。当然、応用研究・開発研究への補助も科学技術であり、さらに言えば研究開発の補助以外にも科学技術政策は様々な施策がありうる。

※3:いわゆる「リニアモデル」であるが、このシナリオが成立するかについては反論もある。

※4:純粋基礎研究への補助は、芸術や文化への支援と類似している面があり、科学技術政策というよりは文化政策と言うべきかもしれない。

※5:例えば、国民生活に関する世論調査「政府に対する要望」では「科学技術の振興」について8%弱しか賛成しないという状況がある。

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科学・安全政策研究本部 主任研究員
森 卓也

2010年01月03日

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